母になった私を、誰が抱きしめる?
産後の病室で、いちばん泣いた瞬間。
出産のとき、私が一番泣いたのは、
陣痛のときでも、産まれた瞬間でもありませんでした。
それは、
面会に来てくれた母が、
部屋に入るなり、私をぎゅっと抱きしめてくれたとき。
「え、そっち?(笑)」って言ったら
「もちろん赤ちゃんも可愛いけど、
私にとって何よりも可愛いのはあなただもん。
本当によく頑張ったね。」って言われて
自分でも驚いたことに、涙がポロポロ止まらなくなりました。
「お母さん」と呼ばれるようになった日
母子手帳をもらいにいってから、
「お母さん」と呼ばれることが
少し不思議で恥ずかしくて。
どんな赤ちゃんなんだろう。
私はちゃんと育児できるんだろうか。
なんて想像を巡らせているうちに
着々と出産の日はやってくる。
他では経験したことのない痛みを経て
産まれてきてくれた赤ちゃんは、
なによりも尊くて愛しい。
だけど、ふにゃふにゃの赤ちゃんを
羽根のようにそっと抱っこすると同時に、
全ての重みが自分の肩に乗ってきたような感じがしました。
「授乳どうですか」
「オムツ替えやってみましょう」
「お腹ちょっとチェックしますね~」
お母さん。
お母さん。
お母さん。
嬉しいのに、ちょっと怖い。
この小さな命を、私が守るんだ。
私がちゃんとしなきゃ。
産後で身体はヘロヘロなのに、
心だけずっと背筋ピーン!全集中!って感じでした。
抱っこしながら抱っこされてもいい
そんな最中、面会に来てくれた母。
赤ちゃんを見て、目じりを細める母に、
「見て、可愛いでしょ」
「私が産んだんだよ」
「授乳もオムツも超大変だよー」
いっぱい聞いて欲しいことたち。
でもそれらが言葉になる間もなく、
母は私のそばへ来ました。
そしてぎゅっと抱きしめてくれたんです。
「よく頑張ったね。」
「幸せそうな笑顔が見れて、嬉しい。」
母になった私を、
お母さんは「母」としてではなく、
いつもの「私」として、「娘」として抱きしめてくれた。
それが、もう、たまらなく安心しました。
ああ、私は母になったけど、
誰かに心配されていいんだ。
誰かに抱きしめられていいんだ。
誰かの一番大切な人でいいんだ。
肩の力が抜けて、ポロポロ涙がこぼれました。
愛されている記憶は底力になる
母だって、完璧な人ではありませんでした。
ぶつかることもたくさんあったし、
傷ついたこともたくさんあったし、
「あの頃はごめんね」って謝ってもらったこともある。
そのなかでも母が私を愛していることは、
なんとなく当たり前に感じてたけど。
でも、今回改めて伝えてもらったとき、
底知れない力と温かさが湧きでてきました。
何歳になっても。
どんな立場になっても。
母になっても。
何度も失敗しても。
ぐちゃぐちゃでも。
私が自分自身のことが嫌になっても。
『それでも、どんな私でも、
私は、大切にされている』
こういう記憶があると、
人は人生の局面や自分がわからなくなったとき、
それをなんとか乗り越えられるのかもしれない。
底力、というやつ。
母の愛を我が子に伝えていくということ
この話を書きながら、また泣いちゃってるんですけど(笑)
あの時を振り返りながらふと気づきました。
出産してしばらくたって、
バタバタの育児の中、
バランス取れたご飯作らなきゃ。
優しいママにならなきゃ。
仕事がんばらなきゃ。
夫婦関係もよくしなきゃ。
なんかすんごい自分に課してるかも…。
そうだった、私ってどんなときでも「大切な存在」。
失敗してもいい。
ちゃんとできなくてもいい。
怒っちゃう日があってもいい。
それでも、私は大切。
この感覚を、私も我が子に伝えたい。
失敗してもいい。
ちゃんとできなくてもいい。
怒っちゃう日があってもいい。
それでも、あなたは大切。
このメッセージを、体現する。
私の背中で、子どもに伝えていく。
これが、私なりの「お母さん」なのかもしれない。そう、思います。
あなたには大切にされた記憶、またあなたが大切にしたい人、いますか?
もし良かったらぜひ教えてください💐
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌱
いいねや感想、めちゃくちゃ嬉しいです!お待ちしています。



読みながら泣いちゃいました。😭
素敵なメッセージありがとうございます🫶
素敵なお母様でほっこりしました🥹🩷
その無償の愛が、ここまりさんのお子さんにも受け継がれていくのですね😌✨